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岡山地方裁判所 昭和42年(ワ)12号 判決

原告 難波忠一

〈ほか三名〉

右四名訴訟代理人弁護士 鍋島友三郎

被告 有限会社白十字

右代表者代表取締役 二木久子

右訴訟代理人弁護士 笠原房夫

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

原告ら

被告は原告らに対し別紙目録記載の土地について、所有権(ただし、原告忠一へは三分の一、その余の原告らへは九分の二宛の各持分)の移転登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

被告

主文同旨。

第二当事者の主張

原告ら

一  被告は、別紙目録記載の本件土地を、訴外株式会社日本産業施設協会(以下、単に、訴外会社という。)から売買により取得したと称して、現にこれが登記名義人となっている。

二  しかし、本件土地は、もと訴外難波静子が所有していたものであり、昭和三七年一〇月一七日、同人の死亡により、原告忠一はその夫として、その余の原告は右両名の間の子として、遺産たる本件土地の所有権を相続分の割合に応じて、原告忠一が三分の一、その余の原告が九分の二宛の持分割合で承継取得したものである。

三  したがって、原告らは、本件土地の登記名義を現に有する被告に対し、真実の権利関係に合致せしめるため、その所有権持分に応じた移転登記手続をするよう求める。

四  被告主張の二の事実は否認する。

原告らが登記名義を訴外会社に移転したのは、これに添う実体上の権利の移転があったからではない。原告らは、本件土地を建物所有の目的で賃借している訴外二木寅二に対し、当該建物の収去と土地の明渡をして貰いたいと考え、これが訴訟の有利な結果を望んで、所有名義を賃貸人たる原告らにとどめておくよりも訴外会社に移転し、同会社から右訴外人に対して訴訟を提起する方途をとるべく、その一環として、原告らと同会社との間に、被告主張の契約等本件土地についての権利移転の事実がなんらないのに、ただ登記名義のみを移転する形をとったのである。

五  仮りに、被告主張のような契約が存したとしても、それは右のような目的のもとに、原告らと訴外会社とが通じあって、互に効果意思を有することなくしたものであるから無効である。

六  被告主張の四、五の事実は否認する。

被告は、原告らが前記のように明渡訴訟を提起しようとしているのを察知し、本件土地が訴外会社の所有名義となっているのを奇貨として、その代表取締役増倉博と通じて、これが買受けの挙に出たものであり、被告は悪意の第三者である。右事実は、本件土地の時価が少くとも二〇〇〇万円を超えるにもかかわらず、五五〇万円という格安の価格で売買していることや、その代金の支払が登記と同時になされることなく、それより後であるという通常の取引とは異った方法でなされたこと、しかも、登記手続自体登記済証なくして、保証書をもってこれにかえている等の事実から推して明らかである。

被告

一  原告主張の一、二の事実は認める。

二  原告らは、昭和四〇年二月九日、訴外ナンバ自動車株式会社の訴外会社に対する債務の弁済にかえて、訴外会社に対し、本件土地を譲渡し、その旨の登記を経由している。

三  原告主張の五の事実は否認する。

四  仮りに、右事実が存するとしても、被告は、そのような事情が存することは知らないで、昭和四一年五月二三日、訴外会社から本件土地を売買により買受けたのであるから、善意の第三者であり、被告は、原告らに対して、本件土地の所有権の取得を対抗しうる。

五  もし、また、原告らから訴外会社への前記譲渡行為が存在せず、単に登記名義を移転したにすぎなかったとしても、被告は、右登記名義を信用して、昭和四一年五月二三日、訴外会社から本件土地を買受けたものであり、右登記名義を信用した被告には何ら過失がないから、原告らが、自ら右のような外観を作り出しておきながら、今更、この登記原因事実が仮空であって存在しないなどと主張することは、禁反言の法理にもとり、信義誠実の原則に反するものである。

第三証拠≪省略≫

理由

一  原告主張の一、二の事実は当事者間に争いがなく、右事実と≪証拠省略≫を総合すれば、次の事実が認められる。

本件土地は、訴外二木寅二が、昭和二二年頃当時の所有者であった原告らの被相続人亡静子から賃借し、爾来その地上に建物を建てて喫茶店を営んできたところ、昭和三二年二月一日に、右営業を会社組織に切りかえ、ここに被告会社が誕生し、右寅二は自らその代表取締役となったが、本件土地は、右寅二が引き続きその賃借人として賃料を滞りなく支払っていた。

ところが、昭和四〇年にいたり、原告らは、金銭調達の必要から、本件土地を右寅二より明渡を受けて、他に有利に売却しようと考え、弁護士と相談のうえ、右地上の寅二所有の建物が未登記で、その賃借権が、該土地の新たな所有者には対抗できないことに目をつけ、本件土地の登記簿上の所有名義を第三者に移転して、この第三者から寅二に対する建物収去土地明渡の訴を提起することによって、右目的を達しようと企て、この方針にそって、これより以前原告忠一が中心になって設立し実権を握っていたが、当時は名前のみの存在にすぎなくなっていた訴外株式会社日本産業施設協会を、第三者に仕立てることとし、同会社が、同じく以前は原告卓世が経営していたが、当時はこれまた名前のみの存在にすぎなくなっていた訴外ナンバ自動車株式会社に一〇〇〇万円を貸与し、その弁済に代えて昭和四〇年二月九日に本件土地の所有権の譲渡を受けた旨の仮空の事実を作出し、それを記載した書面等を整えたうえ、訴外株式会社日本産業施設協会の委任状は、原告忠一が、同会社代表取締役であった訴外増倉博に諮ることなく、同代表取締役名義のものを勝手に作成し、これらをもって同月一二日、本件土地の登記名義を原告らから同会社へ移した。そして、同会社の登記済証および代表取締役名の登録印鑑を原告忠一が保管することにするとともに、前記弁護士は、同会社の代理人として、前記訴を提起すべく訴状を作成する等訴訟の準備をなしたが、原告らが訴訟に要する費用を持参しなかったため、そのままとなっていた。

その間、右寅二は、右登記名義変更後の同年五月一一日、右事情を知らないまま、同年六月分までの賃料を書留郵便で原告忠一宛に送金したところ、受取拒絶となったため、同月一七日その理由をただす趣旨の葉書を出したが、これまた、受取拒絶となった。そこで、同人ははじめて不審を抱き、本件土地の所有名義を調査したところ、訴外会社名義となっていたので、同月二五日同会社の登記簿上の住所に郵便を出して問い合わせたが、同郵便も該当法人見当らずとして返送されてきたため、同年六月二八日、賃料債務不履行の責めを問われるおそれを避ける趣旨で、前記賃料五万五〇〇〇円を原告忠一宛に弁済供託するとともに、同年八月二六日頃、東京の原告忠一方を訪れた。その際、寅二は、原告らから、本件土地は事業の失敗で訴外会社に譲渡してしまったが、本件土地を賃貸していることは訴外会社代表取締役の増倉にも話してある旨聞かされるとともに、本件土地を従前どおり使用するためには、訴外会社から賃借するというより買取る以外には解決の道がないかの如く示唆されたので、一応同人らに対し、従前どおり賃借できるよう増倉への取計らい方を依頼するとともに、原告忠一から連絡があり次第増倉に面会することにしてその旨を述べ、同人方を辞去した。しかし、その後同人からなんらの連絡もないため、寅二は、同年一〇月九日、訴外会社の代表取締役増倉博宛に、訴外会社へ登記名義変更後同年六月分までの間の賃料および翌四一年六月分までの一ヶ年の賃料として、従前のとおりの賃料割合で算出した合計七万六三九七円を送金したが、その後、寅二は、昭和四一年二月一五日死亡し、被告の代表取締役には同人の妻二木久子が就任した。

一方、訴外会社代表取締役増倉博は、本件土地の登記名義が前記のような経緯で訴外会社へ変更されたものであることを知るにいたったが、これを奇貨として、本件土地を秘かに売却しようと考え、同年四月頃、訴外会社代表取締役の登録印鑑を改印するとともに、これらの事情を知らない被告に本件土地の売買の話を持ちかけたが、被告代表者らは、さきに述べたように原告らの示唆もあったこととて、数回にわたる交渉の後、本件土地を使用して経営を従前どおり継続してゆくためには、右申出に応ずるほかはないと考え、同年五月二三日に、亡寅二の生存中以来長年にわたる賃借権の存在をも考慮して、代金五五〇万円にてこれを買取る旨の契約を結んだ。そして、同日、司法書士のもとで本件土地の登記済証のかわりに保証書を作成して貰う等所要書類を整えたうえ、所有権移転登記手続を申請して、同月一四日これを了し、売買代金は、翌一五日付で被告が訴外会社の銀行口座に振込む方法で支払いをした。

以上のように認められ、他に右認定を覆えすに足る証拠は存しない。

右事実によれば、本件土地の登記名義が原告らから訴外会社へ移転したことについては、これが原因たるべき右両者間の代物弁済契約がなんら存していないのであるから、当事者双方の主張中、その存することを前提とした部分は判断をもちいるまでもない。

しかしながら、前記所有権移転登記が、これに添う原因事実たるなんらの法律行為の存しないものであるにしても、被告は、その間に介在する事情、わけても原告らの意図を全く知らず、ただ登記名義を信じて、訴外会社が本件土地の真実の所有者であると思い込み、かつ、かく思い込むについては、その因をまさに原告らが自ら与えたのであって、これに対比して被告には責むべき過失と目しうる落度はないと言わなくてはならないから、本件土地をめぐる原告らと被告との間の法律関係には、信義則にてらし、民法第九四条第二項の規定の趣旨にそって、原告らが訴外会社へなした所有権移転登記の無効をもって、被告に対抗することができず、被告は本件土地の所有権を取得したとなすのが相当である。

なお、原告らは、被告が本件土地を取得するについて善意でなかったとして、その間接事実を縷々主張するのであるが、被告が善意であったことは前記認定事実からうかがわれる経緯に照らし疑う余地がない。

以上の次第で、原告らの被告に対する本訴請求は、理由がないから棄却することとし、民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 裾分一立 裁判官 米沢敏雄 近藤正昭)

〈以下省略〉

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